上咽頭炎治療:擦過にこそ意味がある

あいうべ(息育) 上咽頭

慢性上咽頭炎の多彩な臨床症状

みらいクリニックで上咽頭擦過治療(EAT、Bスポット治療)を初めて7年ほどになり、これまでかなりの数の上咽頭炎治療を行ってきた。

今年からは従来言われてきたようなBスポット治療ではなく、EATと呼ぶことになった。

今回は、EATは必ず「擦過する(こする)」ことが必要だよと言う話。

田中耳鼻咽喉科(大阪)での内視鏡写真

相田歯科・耳鼻科(都内荒川区)で診療するときには、診療を補助してくれるK女史が初診の方などの情報を事前に伝えてくれる。

K女史が電話で結構聞いて下さっているときがあるので、そういう情報はとても役に立つ。

ある時K女史が

K女史
先生、この次の患者さんはいろんな症状があって大変そうです

と教えてくれた。

症状がたくさんあるから治療が大変とか、症状が一つだから治療や病気が楽だとかという意味ではもちろんない。

いろんな症状が絡み合っていて何とも判断が難しいという位の意味だ。

Yさんは、30代の男性。まずは本人が書いてこられた病歴を見てみよう。

Yさんの病歴

 

今回は患部を参加する Bスポット療法を受けるとともに自身の生活習慣の見直しや、ケアの方法を教えていただきたく受診しました。

症状について
・慢性上咽頭炎
・後鼻漏(H25.3~)
※突発的な息苦しさ後鼻漏で気道が塞がれた感じがして起こる症状

その他の症状
・閃輝暗点(月1から2回程度)
・逆流性食道炎
・睡眠障害(首の痛み首の後ろを引っ張られる感じがあり飲み込む際に違和感あり)

検査結果について
血液検査:炎症反応を含めて異常なし
鼻のレントゲン:異常なし
鼻のカメラ:ごく軽い上咽頭炎の炎症 若干嚥下機能が鈍い程度
経口胃カメラ:食道裂孔ヘルニアと軽い逆流性食道炎
首のレントゲン:ストレートネック気味だが異常所見はない

<診断結果>
1)~H29.8.25(内科、心療内科、耳鼻咽喉科、整形外科)
異常所見はないため気にしすぎによるパニック障害うつ症状の診断

2)H29.8.28、29
・ 大阪市福島区の田中耳鼻咽喉科を受診したところ Bスポット療法で激しい出血が確認され、重度の慢性上咽頭炎の診断が出た。2時の方向
・滞在2日で3回の Bスポット療法を行ったところ全ての症状が軽快した。
慢性上咽頭炎が体調不良の原因と思われるため、引き続き患部を擦過しにスポット治療を継続するよう指示あり。関東での Bスポット療法を受けられる医院を受診したが、擦過すれば出血するのは当然であり、病変ではないという診断を受けるケースが多く、統一的な診断が難しい 。

<服用薬について>
・エリザス点鼻薬(耳鼻咽喉科)・ムコダイン(耳鼻咽喉科)・アレロック(耳鼻咽喉科)・ネキシウム、ガスモチン(内科)・ゼチーア(内科)・メイラックス、ルネスタ(心療内科)

体に合わない薬 キシロカイン、ロキソニン、メバリッチ

これだけの記述を見ると、「ムムムッ大変そうだ」と普通なら身構えるかも知れない。

ところが「慢性上咽頭炎」(あるいは今回は「慢性上咽頭炎症候群」と言った方が良いかもしれない)を知っていると答えは簡単に出てくる。

この図を見てほしい。

慢性上咽頭炎が示す多岐にわたる症状

上記のYさんの症状と比べてみる

血液検査:炎症反応を含めて異常なし
CRPが極端に上がることはない

鼻のレントゲン:異常なし
軟部組織である上咽頭はレントゲンではっきりしない

鼻のカメラ:ごく軽い上咽頭炎の炎症 若干嚥下機能が鈍い程度
上咽頭炎診断には擦過が必要

経口胃カメラ:食道裂孔ヘルニアと軽い逆流性食道炎
逆流性食道炎やGERDと診断を受けていることがある

首のレントゲン:ストレートネック気味だが異常所見はない
上記の図の通り、慢性上咽頭炎はストレートネックと診断されることあり

青文字は上咽頭炎に対する今井の私見。

慢性上咽頭炎は、鼻炎・後鼻漏、眼痛、耳鳴、眩暈、耳閉感、片頭痛、肩こり、首こり(ストレートネック)、咽喉頭違和感、ヒステリー球、舌痛、歯痛、顎関節痛、咳喘息、気管支喘息、GERD(胃食道逆流性症)、うつ、パニック障害などとその症状の現れ方は多岐にわたる。

Yさんは、同僚からも「怠けているんじゃないか」「だらけじゃないか」と言われて、それでまた傷つく。

二人の耳鼻科医に救われた

この状況を何とかしたいと思ったYさん。

思い切って自宅からは新幹線の距離の大阪府福島区にある田中耳鼻咽喉科へ駆け込んだ。院長の田中亜矢樹先生は、日本病巣疾患研究会の理事でもあり、日本における上咽頭炎治療(EAT)のトップリーダーだ。

田中院長から下った診断は、重症慢性上咽頭炎。冒頭に提示した写真は、その時のもの。

Yさんはこれで「救われる」と思ったという。

激しい出血と敷石様変化が見える

もう一度YさんのEAT後の写真を見ると、激しい出血と同部にゴツゴツとした石を敷き詰めたような敷石様変化が見える。

これは慢性上咽頭炎の大きな特徴だ。

2時とあるのは、上咽頭の正中天蓋を12時として、そこから時計回りに2時の位置に炎症があるという意味だ。

上咽頭は、平面ではなく、立体的に扇状に広がっているため、小さな綿棒でチクチクとつつくという程度ではその範囲をとうていカバーできない。

当然これだけの出血があれば、綿棒は血で真っ赤に染まる。実際Yさんの綿棒も真っ赤だったそうだ。

二日にわたってEATを受けたYさんは、次に自宅から田中耳鼻科ほどは遠くない、神奈川県川崎市にある茂木立耳鼻咽喉科を受診した。

院長の茂木立学先生は、日本病巣疾患研究会でも上咽頭炎に関する講演、発表を積極的に行っている。2017年に行われた第5回日本病巣疾患研究会に於いても素晴らしい発表をされた。

症状の改善を実感していたYさんは、茂木立耳鼻科でもEATを受けた。

そして最後に、ネイザルセルフケアのことを質問しに私の外来を受診したのだ。

  • 田中耳鼻科で希望が持てたこと
  • 症状が確実に改善して行っていること
  • 気のせいだとか、気にしすぎと言われたのは間違いだとわかって嬉しかったこと

などを私に話してくれた。

そして「実は・・・」とYさんが続けた。

都内の耳鼻科でもEATを受けたことがあったのだが、綿棒を鼻に突っ込んで5分ほど留置して、それで終わり。

それがBスポット治療(EAT)だと思っていたが、一向に治らなかった。

田中耳鼻咽喉科で自分が受けていたEATはまったく違っていた。

と話してくれた。

Bスポット治療という呼び名には、すこし問題がある。

それだけでは何をするかが分からないからだ。

EATは、Epipharyngeal Abrasive Therapy(上咽頭擦過治療)である。

これであれば、上咽頭部を擦るのだなと理解できる。

ただ綿棒を上咽頭部に「置いておく」だけではEATではなく、慢性上咽頭炎の治療にならない可能性がある。

田中耳鼻咽喉科で治療を受けて約一ヶ月、Yさんの症状は後鼻漏と頚部痛を若干残すのみで、著明に改善していた。

閃輝暗点とは(せんきあんてん)

ところでYさんの症状の中に「閃輝暗点」とあったのを覚えているだろうか。

これは「せんきあんてん」と読み、片頭痛の前駆症状として有名である。

目の前にキラキラしたような、眩しいような、視野が欠けたような、チカチカするような症状が起こる。

それを切っ掛けに片頭痛発作が引き起こされる。

英語ではaura(オーラ、アウラ)といい、オーラが見えるのあのオーラと綴りは一緒。この場合は、前兆とか予兆という意味になる。

その他の症状
閃輝暗点(月1から2回程度)
・逆流性食道炎
・睡眠障害(首の痛み首の後ろを引っ張られる感じがあり飲み込む際に違和感あり)

実は、Yさんは片頭痛にも悩まされていた。

このYさんに降り掛かった多彩な症状を慢性上咽頭炎症候群と言わずして何という。

Yさんは閃輝暗点から片頭痛発作になったときは、「トリプタン系薬剤」(イミグラン、ゾーミッグ、レルパックス、マクサルト、アマージなど)を服用していたという。

診療していると、このトリプタン系薬剤も、慢性上咽頭炎の消失とともに服薬する必要が無くなるケースが多い。

Yさんはこの図の内、後鼻漏、うつ、片頭痛、食道炎、ストレートネック、咽頭違和感を持っていたことになる。

それぞれが、別々の病態ではなく、慢性上咽頭炎から引き起こされる関連症状だと言うことが分かれば、病態の把握は簡単になる。

ところが知らないと、他科受診、ドクターショッピングと、なる可能性がある。

これは患者さん、医療者ともに悲劇だ。

これは歯科分野でも起こりうる。頑固な歯痛、顎関節痛を「気にしすぎ」とか「うまく付き合って行きなさい」と言われて、デパスなどの抗不安薬を処方され続けているケースに出会うことは希ではない。

一ヶ月後の上咽頭炎は??

さて気になるのは、Yさんの上咽頭の出血状態である。

マウステーピング(口テープ)、ミサトール、塩化亜鉛、あいうべ体操と一ヶ月間やったところ。

ほぼ出血がない程度にまで改善していた。

けっして私の擦過の仕方が甘いわけじゃない。

しっかりじっくり擦過してこの状態である。

本人も症状の改善と合わせて出血の改善も認められたためかなり安心しておられた。

咽頭捲綿子こんなにキレイになりました。

EATは上咽頭擦過が大切

この擦過するという作業、もちろんBスポット治療でも同じ。

日本病巣疾患研究会の名誉会員でもいらっしゃる谷俊治先生のBスポットはこれでもか、これでもかという程に上咽頭を擦過する。なぜか?

それが上咽頭炎の治療だからだ。増生しすぎた粘膜上皮を収斂させる必要がある。

だから薬剤では改善せず、物理的な処置が必要となる。

しかし残念なことに、本来のこの手技がいつの間にか、簡便なものになっていって、ただ「留置する」というだけのものに変遷していったのだろう。

上咽頭炎に対して私はこの留置のみは勧めない。EATはやはり擦過してこそである。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

Yさんに、「とても典型的な経過、症状だから(悩んできた過程も含めて)、ブログで紹介させてもらえないだろうか」と聞いたところ「私の経過で良ければ喜んで」と快諾してくれた。

みらいクリニックでもこの様な慢性上咽頭炎症候群の症状で苦しんでいる人を毎日毎日治療している。

中には、後鼻漏の症状が取れずに「死にたい」「喉を切り取って欲しい」と訴える人もいる。

抗生剤や去痰剤のみの処方では改善しないため、「気のせい」「うまく付き合いなさい」と言われることもある。

この様な人が一人でも減ることを心から祈る。

悩める人にも医師にも知って下ほしい慢性上咽頭炎のこと。そしてEATのこと。

慢性上咽頭炎

執筆・監修 内科医 今井一彰プロフィール

今井 一彰
みらいクリニック院長
内科医・東洋医学会漢方専門医
1995年 山口大学医学部卒業 救急医学講座入局
2006年 みらいクリニック開業
加圧トレーニングスペシャルインストラクター
クリニック案内
amazon著者ページ
今井院長facebook
今井院長Twitter
今井院長Instagram

関連記事